会社沿革
- 文治5年(1189)
- 京都職司真継能登守より免許を受け、源頼朝家臣武藤氏に仕える鋳物師として伊藤助右衛門が出羽尾浦(大山)に創業する
- 建治元年(1275)
- 羽黒山大鐘を鋳造する
国宝羽黒山大鐘
指渡1.7m、高さ2.8m/5. $ 21cm./£9750kg
伊籐助右衛門を含む頭領5名の
近国の鋳物師数十名で製作
- 文和元年(1352)
- 羽黒山寂光寺に灯籠を奉入(現存)
黑山寂光寺「灯籠竿」製造
高さ1.15m
出羽三山歴史博物館蔵
- 文禄5年(1596)
- 羽黒山金色堂の露盤宝珠を鋳造(現存)
- 慶長12年(1607)
- 蔵人所より御綸旨 藤原朝臣家清 伊藤備中守 藤原朝臣家清 伊藤助右衛門尉を賜る
- 慶長13年(1608)
- 羽黒山五重塔の九輪台座を鋳造(現存)
- 元和8年(1622)
- 大山城廃城となり、鶴岡城に酒井忠勝公入部。知行五十石を給される以降、酒井家統治下にて、宝珠や仏像などさまざまな鋳物を製造する
- 宝永年間(1704-1710)
- 秋田佐竹藩の委嘱を受け、砲類器具、神事細工物を鋳造(本荘市郷土資料館に現存)
- 明和2年(1765)
- 北海道松前藩に知行七十石で召し抱えられ、松前に移住する(大山の鋳物は弟子たちが継続)
- 文化12年(1815)
- 北海道知内村大乗寺喚鐘を鋳造(現存)
- 文政3年(1820)
- 大山に居住地を戻す
- 嘉永3年(1850)
- 羽黒山五重塔の宝珠を鋳造(現存)
- 明治11年(1878)
- 羽黒山合祭殿の擬宝珠および手すり製造(現存)
大山善質寺本殿の灯籠を鋳造
- 明治29年(1896)
- 機械の製造を始める
- 明治38年(1905)
- 伊藤助右衛門から「伊藤鐵工場」となり、鋳物工場と機械工場にて電動機二台(三馬力)を備え、職工数十人を雇用する
昭和初期社屋新築
大正末期の機械工場
- 昭和17年(1942)
- 前年に第二次世界大戦が始まり、海軍監督工場(軍需工場)となる
- 昭和21年(1946)
- 軍需工場が解散、個人経営の伊藤鉄工所となる醸造用圧搾機・ポンプなどの自家製製造を進める
- 昭和40年代
- 冷凍・冷蔵装置製缶なども行う
- 平成元年(1989)
- 創業800年の節目を機に「伊藤鉄工有限会社」と改組し、伊藤徳男(現、伊藤助右衞門)が代表取締役に就任
- 平成10年(1998)
- 「伊藤鉄工株式会社」に組織変更
本社工場を現在地に新築移転する
- 平成26年(2014)
- オーエム製作所CNC立形旋盤TMS2-20/40Nを導入
- 平成30年(2018)
- オーエム製作所ターニングセンタNeoα-16EXを導入
2017年度日立ハイテクソリューションズ優良サプライヤー賞受賞
伊藤 学 代表取締役社長に就任
- 平成31年(2019)
- 代表取締役会長 伊藤徳男、伊藤助右衞門を襲名
- 令和2年(2020)
- 不二製作所ルーム型ブラスト装置を導入
- 令和3年(2021)
- 株式会社栗本鐵工所 協力会社表彰